葵の上と六条御息所の車争いからはじまり、生霊事件、葵の上の死と服喪、さらに紫の上との新枕と、いろんなドラマが矢継ぎ早に起こった「葵」から、物語は「賢木」へ進みます。巻名は作中で光源氏と六条御息所が交わす歌に由来します。「さかき」と読みますが、現在は「榊」と書くことが多いでしょうか。神木として神社の境内などに植えられる常緑樹ですね。


 さて10年連れ添った葵の上に死なれ、弱冠23歳にして光源氏はやもめになってしまいました。略奪して育ててきた若紫は15歳くらい、新枕も交わし仲のいい夫婦として暮らしています。そんなとき長年の愛人であった六条の御息所は娘の斎宮について伊勢へ下ります。最後の別れを惜しんで、源氏は嵯峨野の野の宮へ御息所をたずねました。昔を懐かしんで思慕の念がつのる一方で、心にわだかまりがあるのは、御息所の生霊が葵の上を取り殺したことを知っているからでしょう。


 御息所の伊勢下向と前後して桐壷院の病気が重くなります。院は東宮(のちの冷泉帝・実は光源氏と藤壺の不義の子)のことを気にかけながら、朱雀帝に源氏を後見人として扱うように遺言して亡くなります。実際、桐壷院の死後、朝廷の勢力は急速に右大臣家のほうへ傾いていきます。なんといっても弘徽殿(いまでは大后と呼ばれている)の子が朱雀帝として皇位を継いだわけですからね。


 大后の父・右大臣は、源氏にとって舅にあたる左大臣(亡くなった葵の上の父)とはライバル関係にありました。左大臣家としては、最大の庇護者であった桐壷院を失ったことになります。右大臣方はここぞとばかり左大臣家ゆかりの者たちを追い落としにかかる。朱雀帝は気が弱い性格だったらしく、母親や祖父の右大臣の言いなりになっている。おまけに弘徽殿大后は、故院が溺愛していた愛人(桐壺更衣)との子である光源氏を憎んでいます。こうした状況のなかで、源氏も左大臣家の人たちも官位昇進の道を絶たれ、左大臣は嫌気がさして辞職してしまいます。


 故院の四十九日も終わり、藤壺中宮は三条の里宮に帰ります。彼女は桐壷院が自分たちの秘密を知らずに亡くなったことを罪深く思っている。それ以上に、藤壺がなんとしても守ろうとしているのは東宮です。表向きは故院の子であり、故桐壷院の意向もあり、順当にいけば朱雀帝が退位したあと帝になる予定ですが、右大臣家の人たち、とりわけ弘徽殿大后などはなんとしても失脚させたいと思っているはずです。しかも源氏とのあいだの罪の子ですからね。ここで妙な噂でも立てられたら、東宮方の失策を虎視眈々と狙っている右大臣家の思うつぼです。藤壺は心して源氏を寄せ付けないようにし、さらに自分にたいする思慕が静まるように加持祈祷までさせます。


 光源氏もそうした事情はわきまえているはずなのに、持って生まれた困った性格なのか、不埒にも三条に寝所に忍んでいきます。

まねぶべきやうなく聞こえつづけたまへど、宮いとこよなくもて離れきこえたまひて、はてはては御胸をいたう悩みたまへば、近うさぶらひつる命婦、弁などぞ、あさましう見たてまつりあつかふ。男は、うしつらしと思ひきこえたまふこと限りなきに、来し方行く先かきくらす心地して、うつし心失せにければ、明けはてにけれど、出でたまはずなり。(「賢木」)

 源氏は言葉を尽くしてかき口説いています(まねぶべきやうなく聞こえつづけたまへど)。そんな男を藤壺は冷たくあしらう(宮いとこよなくもて離れきこえたまひて)。彼女としては、ここは拒むしかないわけです。激しく抵抗したためか胸の痛みを訴えて苦しみはじめます。近くに仕えていた命婦や弁などが慌てて介抱している。こうなると源氏としても引き下がるしかありません。「情けない、辛い、恨めしい」と嘆いているうちに、過去も未来も真っ暗になる気がして(来し方行く先かきくらす心地して)、完全に分別をなくしてしまい(うつし心失せにければ)、夜がすっかり明けてしまったけれど、退出する機会を逃してしまった。


 源氏のことを「男」と言っています。これにたいして藤壺は「宮」と書かれている。後先のことも考えずに言い寄ってくる源氏にたいして、最後まで分別思慮を失わない藤壺の対比が、こんなちょっとした表現にもあらわれているんですね。作品の隅々にまで作者の細やかな神経が行き届いていることを感じさせる場面です。


 騒ぎを聞きつけて人が集まってきたので、源氏は退出する機会を逃し納戸のようなところに押し込められてしまいます。ようやく出てくるのは翌日のですから、十時間以上閉じ込められていたことになります。納戸を出た源氏は、「久しぶりにお目にかかってみると、紫の上とよく似ているなあ」と思って、いくらか心を慰めています。そうはいっても、目の前にいる相手はいままさに女ざかり。源氏は再び自制心を失って言い寄っていきます。

 けはひしるく、さと匂ひたるに、あさましうむくつけう思されて、やがてひれ臥したまへり。「見だに向きたまへかし」と、心やましうつらうて、引き寄せたまへるに、御衣をすべしおきて、ゐざり退きたまふに、心にもあらず、御髪の取り添へられたりければ、いと心うく、宿世のほど思し知られて、いみじと思したり。(「賢木」)

 その人とはっきりわかるほど、薫物(たきもの)の匂いがしたので、宮は驚きあきれて、恐ろしい気持ちになられて、そのままうつぶせになってしまわれた。源氏の君は、「こっちを向いてください」とじれったく情けない気がして、御衣を引き寄せられると、宮はそれを脱ぎ捨てて、いざり出てしまわれる。そのとき思いがけないことに、御髪が衣と君の手に取り残されていた。まことに情けなく、逃れえぬ宿世のほどがおのずと知られて、なんともたまらない思いだった。


 最後のところ、「いと心うく、宿世のほど思し知られて、いみじと思したり」は源氏の心情とも藤壺の心情とも解釈できます。ぼくは藤壺としたほうが自然だと思うのですが、いかがでしょう?


 こんなことがあって藤壺は出家を決意します。そして桐壺帝の一周忌が終わると突然出家してしまいます。こうなると源氏はもう手を出すことができない。せめて藤壺の意を汲んで自分たちの子(東宮)の後ろ盾の役目をしっかり果たそうと思いきめます。ときに源氏23歳、藤壺は28歳でした。

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投稿者: 片山 恭一

ぼくらラボ設立者 小説家。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。2001年4月に出版された「世界の中心で、愛をさけぶ」が若者から圧倒的な支持を得、文芸書としては異例のロングセラーとなる。

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