桐壷帝の正妻は弘徽殿女御で、帝の東宮時代からの妃にして、第一子(のちの朱雀帝)の母です。右大臣の娘なので押しが強い。桐壷更衣の父も大納言まで登った人ですから、身分が低いというわけではないのですが、故人ということもあり立場は弱い。そんなこともあって彼女の寝殿は、内裏のなかでも北東の端(淑景舎)にありました。別名「桐壷」と呼ばれることから、この薄幸の更衣は桐壷更衣、彼女を愛した帝は桐壷帝と呼ばれることになります。

 当時の宮中の生活にはプライバシーというものがなかったようです。女たちだけではありません。帝のほうも、誰のところに通っているか、頻度や回数を含めて詳細に知られていたはずです。それは宮中に仕える女房たちを経て、夫人たちの実家へも伝えられたでしょう。

 前回も述べたように、天皇にとって夫人たちと夜を過ごすことは半ば「公務」であり、家柄(つまり父親の位)に応じて夫人たちを遇しなければなりません。愛の重さは、摂政・関白、大臣、大納言といった官位によって厳格に定められていました。たとえば更衣のところへ週に3回通いたいと思えば、弘徽殿の女御のところへはさらに頻繁に通わなければならない。正妻が3回なら、更衣のところへはせいぜい週に1回程度にしておくべきでしょう。

 こうした当時の常識からすると、帝が「いとやむごとなき際にはあらぬ」更衣にばかり執着することは許しがたい掟破りでした。また弘徽殿をはじめとする女御たちにしてみれば、故大納言の娘風情の女が、「すぐれて時めきたまふ」(目立って帝の御寵愛をこうむっていらっしゃる)ことは心外だし腹立たしかったに違いありません。こういうときに人がやることはきまっています。桐壷の更衣も廊下の入口と出口に鍵をかけて出られなくされたり、汚物を撒かれて着物を汚されたりと、なかなか陰湿ないじめにあっています。そんなことが重なって更衣は心身ともにやつれていき、ついには実家で亡くなってしまう。

 当時、死は穢れであり、宮中で死ぬことができるのは帝だけでした。病の重くなった更衣も宮中を退出して里に下がります。このため桐壷帝は更衣の最期を看取ることができない。最近もそういうことがありましたね。歴史は繰り返されるってことでしょうか。

 一方、内裏のなかでは弘徽殿女御に呪い殺された、などという噂までたてられる始末です。娘を看取った母親が「よこさまなるやうにて(横死同然に)」と言っているくらいだから穏やかでありません。悲嘆に暮れて日を送る帝が詠んだ歌。

たづねゆくまぼろしもがなつてにても 魂のありかをそこと知るべく

 現代語訳には歌の解説が付いているものが多いのですが、谷崎潤一郎は「更衣の魂を尋ねに行ってくれる幻術士でもいないものであろうか、彼女の魂のありかが何処であるかを知るために」と注釈を付しています。瀬戸内寂聴訳では「あの世まで楊貴妃を探し求めたかの幻術士よ、わたしの前にもあらわれてほしい。あの人の魂魄の行方を探し、その在処を知らせてほしい」、いちばん新しい角田光代さんのものは「亡き桐壷の魂をさがしにいく幻術士はいないものだろうか。そうすれば、人づてにでもそのたましいのありかを知ることができるのに」となっています。

 いずれも「まぼろし」を「幻術士」と訳しています。ぼくたちが日常使う「幻影」という意味ではなく、魔法使いやシャーマンに近い存在だったようです。帝は明け暮れに白居易の『長恨歌』を読んでいたらしく、そこには楊貴妃のことが歌われ、容姿が描かれています。長恨歌というのは、8世紀に唐の玄宗が楊貴妃を偏愛したために国が乱れたという史実を題材にしたものです。だから瀬戸内さんの訳にあるように、帝は亡き更衣を楊貴妃とくらべ、わが身を漢の皇帝(玄宗帝)になぞらえているわけです。白居易の『長恨歌』には「道士」とあり、「能ク精誠ヲ以テ魂魄ヲ致ク」と記されています。つまりあの世とこの世を往来して、死者の消息を尋ねることのできる存在だったのでしょう。

 『桐壷』では光源氏の誕生から元服(12歳)までを扱っています。ここでちょっと物語を進めて40巻の『幻』を見てみましょう。源氏はすでに52歳になっています。現在の年齢では70歳くらいの見当でしょうか。前年の秋、長年連れ添った紫の上に先立たれた彼は、季節が進むごとに昔のことを思い出しては悲嘆に暮れています。一周忌(8月14日)が過ぎ、10月になって時雨がちになるころ、源氏は亡き妻を想って歌を詠みます。

大空をかよふまぼろし夢にだに 見えこぬ魂の行く方たづねよ

 大空を自在に渡る幻術士よ、夢にさえ現れてくれないあの人の魂はいったいどこへ行ったのか? その行方を捜してわたしに教えておくれ、というほどの意味でしょうか。『幻』という巻の名は、この歌に由来しています。

 『幻』は光源氏の最晩年の一年間を描いています。このあとに『雲隠れ』という彼の死を暗示するタイトルだけが置かれ、つづく『匂宮』からは源氏の息子・薫(じつは源氏の正妻・女三宮と柏木のあいだに生まれた不義の子)を中心とした物語になります。そのあいだに8年間の空白がある。どうやら『幻』のあとで源氏は出家し、2、3年後に亡くなったらしい。

 そこで先にあげた源氏の歌ですが、またしても「幻術士」です。桐壷帝が溺愛した更衣の死を悼んで詠んだ、あの「まぼろし」が、50年の歳月を超えてここで再び出てくる。歌の内容もほとんど同じです。つまり光源氏の生涯を描いた『桐壷』から『幻』までの物語は、最初と最後に愛する人を追慕する歌が置かれていることになる。最愛の人の死ではじまり、最愛の人の死で終わる物語と言ってもいいでしょう。

 亡くなった妻への想いを、父も子も大空を渡る「幻術士」に託しています。何か因縁めいたものを感じますね。いずれの歌においても死は実体化され、空間化されています。実体化され空間化された死は人を悲嘆に暮れさせます。まったくなす術のないものになるのです。手だてのない死が「まぼろし」に託される。大空を自在に行き来する幻術士よ、あの人の魂の行方を尋ねておくれと。

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投稿者: 片山 恭一

ぼくらラボ設立者 小説家。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。2001年4月に出版された「世界の中心で、愛をさけぶ」が若者から圧倒的な支持を得、文芸書としては異例のロングセラーとなる。

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